八尾市指定文化財の旧植田家住宅
八尾市役所から歩いて、2キロです。
今日は以前、講座で一緒に学んだ仲間の方々と歩きます。
さすが、盆踊りの街。市役所の前の銅像は、盆踊り姿!
集合場所では、検温も忘れずに、準備します。
さぁ、出発!
「後ろから自転車がくるよ〜」と声かけながら、お喋りしながらです。
綺麗な歩行スタイルで歩かれました。
年齢を重ねると、体の歪みもでてきます。どうすれば良いかなぁとお話ししながら努力されている様子を見て、「私も頑張ろう!」と思いました。
NWを始めてから、毎日歩いている方、時々、歩いている方など様々ですが、
その良さは、感じていると、お話ししてくださいました。
植田家到着です!
まず、植田家のご紹介です。
植田家住宅は安中新田を管理した会所を継承した建物です。
建物の場所によって、建てられた時期が違います。 江戸時代・明治時代・大正時代
江戸時代後期の主屋 素晴らしい襖絵 欄間からは柔らかい灯が漏れています。
江戸時代後期の台所です。
大阪府下の新田会所の多くは失われています。
植田家住宅は、平成18年(2006年)、八尾市指定文化財に指定されました。
2009年より、展示室も設置された、旧植田家住宅がオープンしたそうです。
(学芸員の方が、説明してくださいますので、ぜひ!)
長らくこの家で住われていた植田家の
生活に必要な道具も展示されています。
ラジオですね。
電話機、オーブン、かき氷機、お櫃、生活に必要な品々です。
新田についての説明を聞きます
「大和川付け替え」
1704年(2月27日に工事開始)
小学校でも習いました。
柏原市には中 甚兵衛像があります。
(中甚兵衛銅像付近にも説明されていますが、資料館に足を運ぶと良いでしょう)
大和川の付け替えがなぜ、必要だったのか?
興味が湧いてきた時、その地に行って見たいと思いました。
今回は、「安中新田跡 旧植田家住宅」に来ることになり、
企画してくださったことに感謝しています。
「新田」については長くなりますので、省略します。
この安中新田と他の新田との違い!
新田開発は、有数の豪族や有力者によって開発されたのですが、
安中新田は、半分が「安福寺」の所領であったそうです。
「安福寺」
私は、「安福寺」の近くに20年ほど住んでいました。
馴染みがあります。
(安福寺も久しぶりに訪ねてみようと思います)
写真では、分かりにくいのですが、「安中新田分間絵図」を見ますと
とても分かりやすく当時の新田の様子を見ることができます。
植田家に所動されていた「安中新田分間絵図」に「会所屋敷」と記されていたのが
「旧植田家住宅」の場所になります。
「会所」
農民から、小作料を徴収したり、幕府や安福寺からの命令を伝えるための
管理事務所のような場所であったようです。
「植田家」の方が新田開発後、50年経ってからのこと。
支配人となった初代、植田林蔵
奈良県田原本市の出身だそうです。
「なぜ、田原本?」
学芸員の方にお聞きしました。
安福寺住職 誓誉上人の親戚であったことから
「御寺之かし付田地 諸勘定向取締役」に就いたそうです。
就任するまでの流れも興味深いです。
1765年に就任
林蔵は「大和屋一太郎」と名乗っていたそうです。
大和川付け替えは、多くの洪水がおこったためです。
幕府が大和川付け替えを決定したのが、1703年
工事開始は1704年
7ヶ月半で完成!
この短期間での工事は延人数240万人の人の手によるものです。
川幅180m 長さ14km
多くの人の嘆願書が幕府に提出され、付け替えに至ったようですが、
すごいなぁと感心してばかりです。
あちこちと見学させていただいて、見学終了
みんなで写真も写して頂きました。
HPに投稿されるので、楽しみです。
参加者の方がくださった「飴ちゃん」
ありがとうございました。
みんなで食べました。
長瀬川の横を通って、帰ります。
鯉がたくさん泳いでます。
川の主のようですね!
春には桜、秋の紅葉
気持ち良いウォーキングコース
帰りの体操をして、水分補給も忘れずに!