清水大師堂
空海が掘りインド由来の龍神が守る、清水大師堂
富田林の町中には昔ながらの井戸水がいくつかあります。
昔は使っていた形跡があっても、あまり現役で使われている
ところは少ない気がします。
若松町にある清水大師堂の井戸水は「沸騰させてから」という
条件がつきますが、飲水として利用できます。
清水大師堂
空海が掘りインド由来の龍神が守る、清水大師堂
富田林の町中には昔ながらの井戸水がいくつかあります。
昔は使っていた形跡があっても、あまり現役で使われている
ところは少ない気がします。
若松町にある清水大師堂の井戸水は「沸騰させてから」という
条件がつきますが、飲水として利用できます。
日本武尊の墓 宮内庁認定の三箇所
能褒野墓(のぼののはか) 三重県亀山市田村町 前方後円 「能褒野王塚古墳」
墳丘長90メートル 4世紀末築造
白鳥陵(しらとりのみささぎ)奈良県富田 長方墳、一説には円墳 「権現山」「天王山」
幅約28メートル×幅約45メートル
白鳥陵(しらとりのみささぎ)羽曳野市軽里 前方後円墳
「軽里大塚古墳」・「白鳥陵古墳」
墳丘長190メートル 5世紀後半の築造
石光寺 染寺
天智天皇勅願所
中将姫旧跡(染の井 糸かけ桜)
石光寺の縁起
天知天皇の時(670年頃)に
この地に光を放つ三大石があり、
掘ると弥勒菩薩の石像が現れました。
勅願により堂宇を建立し
「石光寺」の名を賜り
役の小角が開山となり
弥勒如来を本尊として祀ったのが始まりです。
聖武天皇(750年頃)に
蓮糸曼荼羅を織った中将姫が
この寺の井戸で蓮糸を洗い五色に染め
桜の木にかけて、乾かしたということで
この桜を「糸かけ桜」(写真)
井戸を「染の井」
この寺を「染寺」とも言います。
二上山頂まで「しめ」と言います。
南門前には創建当時(白おう期)の
無類の形式を持つ塔心礎が
遣っている
(とうしんそがつかっている)
心礎・・しんそとは塔の柱の礎石で、最も重要な役割を果たしています
塔の心礎・・・塔心礎