2022年1月10日月曜日

柏原市雁多尾畑・峠の神社と寺

金山媛神社

御祭神 金山毘売神(かなやまびめおかみ)

金山毘売神(かなやまびめおかみ)は伊邪那岐尊(いざなみのみこと)が火之伽具土神(ひのかぐつちのかみ)を生み病に伏した時の嘔吐物から金山毘古神と共に生まれた鉱山の女神。

延喜式内社で、現在の場所より北東の山上にあたる嶽山にあった社を移動したと伝えられています。

(延喜式内社は、927年に「延喜式」の巻九・十に記載されている神社です。

「延喜式」は全国の神社一覧が載っています)

製鉄や鍛冶生産を守護する神として信仰されています。龍田古道のうち滑り地である亀の瀬を迂回する山道になります。

龍田大社の神域である御座ケ峰(ござがみね)や霊峰信貴山への登口でもあります。

信仰の道としても考えられています。


松谷光徳寺

雁多尾畑にある真宗大谷派の寺院。

本堂は別称「雁林堂」(かりんどう)

「雁多尾畑」の地名の由来ともいわれています。


平安時代の永延2年に円融法皇が延暦寺の僧「法円法師」に命じて建立した勅使寺です。

当初は、「東廣山照躍峰寺」と号し、その後、天永4年(1113年)に大和国興福寺の僧兵に寺をやき払われました。安貞2年(1228年)に近江国の園城寺(三井寺)の僧 「俊円」が照躍捧寺を再興。

この年、後白河天皇の宣旨を以って、河内国大県群の山中300町の地を寄付され、寺号を改めて「照躍山光徳寺」の勅号を賜り、本堂を雁林堂とした。俊円はさらに専修念仏門に入り、親鸞の弟子となり、「松谷仏念房信乗」と称するようになる。

これ以後、光徳寺は一向専修の道場ともなっており、石山本願寺とも深い関わりがあった。

江戸時代初期に本願寺が東西に分立する際に「教如を十二代法主とする本願寺教団」

(現、真宗大谷派)に属し、現在に至っています。

現在の本堂は明和8年(1771年)に再建されたものです。



峠八幡神社

 

御祭神 品蛇和気命


大阪府オオサカフ柏原市カシワラシトウゲ494



品蛇和気命(応神天皇)

品陀和気命は、応神天皇(第十五代天皇)の諱。仲哀天皇(父)と神功皇后(母)の間に生まれた第四皇子である。








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