西行の足跡
終焉の弘川寺
吉野西行庵
高野山
28歳の時
半僧半俗の歌人
歌枕を訪ねて陸奥に赴き、奥州平泉に藤原氏を訪ねる
長旅か帰り高野山に
草案を結んで移り住んだ。
30余年高野山で過ごす。
三昧堂(さんまいどう)で修行
心を一点に集中させ修行する
西行桜
技巧に走らず、形式に縛られない。
放胆で自在で、言葉は剥き出しの素直さ
的確に本質をとらえている歌を詠んだ西行
月を友とした西行
「いつのまに長き眠りの夢さめて 驚くことのあらんとすらむ」
(いつになれば長い迷いから覚めて、
万事に不動の心を持つことができるのだろうと思い悩み、
迷いや心の弱さを高野山の修行を通して悟りにいたろうとした)
「深き山に心の月し澄みぬれば 鏡に四方のさとりをぞ見る」
(世の中の憂きを知らで澄む月の 影は我が身の心地こそすれ、
群青色の夜空に映える月を仰ぎ。山上の庵で過ごす西行の
寂寞たる思いが伝わってくる。)
西行はひたすら仏法のみの身を投じたわけではなく
頑健な体格と優れた武勇を備え、
荒ぶる魂を自制できずに多感な煩悩に苦しんだ。
官位も名声も、そしてよも捨てた西行
人生の無常を内に姫、すべてを虚妄を断じてひたすら自己と向き合い
ものの哀れを知る心を探ろうとした
高野山に腰を据えてはいたが、折々に京の歌会に出かけ
西国や四国にも旅をしています
風雅を解する数奇人としても一面が世俗的な西行の人間の魅力といえます
出家しても特定の宗派に属さず、法師を身分とした