2023年1月3日火曜日

2023年1月3日 宇治上神社

 宇治上神社


宇治神社・宇治上神社


宇治の守り神さまを幸せな方向へと導いたとされる宇治のシンボル「みかえり兎」


宇治にかかる朝霧橋
1700年前、河内国からこの地へ向かう際、道に迷った
兎道稚郎子命(うじのわきいらつのみこと)の前に
一羽の兎が現れ、何度も振り返り安住の地へと先導した伝説により
「みかえり兎」と言われるようになった。
かつては兎道と書いて「うじ」と読んでいました。

宇治公園から朝霧橋を渡った先に、宇治神社の赤い鳥居があります。

隣接する宇治上神社は明治時代に宇治神社から分離したもの
元は一体でした
現在でも宇治上神社へと続く山道に宇治神社と刻まれた石碑が立ち
境内の一部であった名残を感じることができます。


宇治神社のご祭神は応神天皇の皇子
菟道稚郎子命(うじのわきいらつこ)
応神天皇の死後、兄に皇位を譲るために自殺したと言われている
菟道稚郎子は儒教の教えを学んでいた
儒教では、長男双属説を唱えていた

第一子の大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)との譲り合いになった
大鷦鷯尊は仁徳天皇




この辺りは、応神天皇の離宮があったと言われている

今でこそ、長男相続が一般的になっていますが、
古代の慣例はなるべく若いものを後継者にすることで
活動期間が長くなり、それゆえ国が繁栄すると考えられていた


兄君を天皇に就かせるために兎道稚郎子命(うじのわきいらつこ)は
この地で自害します。

嘆き悲しんだ仁徳天皇が弟君・菟道稚郎子のご神霊を祀ったのが宇治神社の始まりです。


宇治で密かなブームに!「うさぎさん巡り」



本殿は鎌倉時代の建築で国の重要文化財に指定
菟道稚郎子のご神霊を祀る

正しい道、幸せの場所(良縁)へと導いてくれる「みかえり兎」

ご利益を求めて、多くの参拝者が訪れます。

「兎さん巡り」
本殿の周りを時計まわりに3周する間に、3つある兎の置物に巡り会えたら
願いが叶うというもの。


まずは、社務所で「うさぎ絵馬」を授与してもらいます。(500円)

しっかりと絵馬にお願い事を書いて
本殿のお賽銭箱へ。


白いみかえり兎が出迎えてくれます。
この兎と同じものが一つ
等身大の置物が二つあります。
探してみましょう。


毎月1日のみお出迎えしてくれるのがブロンズのみかえり兎
うさぎさん探しに集中するとともに
祈年しながら歩きます。
最後に、本殿横の絵馬堂へ絵馬を奉納して終了




宇治神社から続く道を歩いていくと赤い鳥居が見えてきます。
こちらは世界遺産の宇治上神社。
宇治上神社は明治時代までは
隣接する宇治神社と二社一体で、それぞれに
離宮上社・離宮下社と呼ばれていました。

こじんまりとしていますが、仏徳山の清閑な森に佇む姿はとても神秘的です

ご祭神は菟道稚郎子命(主祭神)
父君の応神天皇
兄君の仁徳天皇
3柱をお祀りしています

それぞれに
学問の神様
勝負運
病気平癒
悪運を切り、良縁を結ぶなどのご利益があると言われています



現存する神社建築では最古とされる本殿

大きな覆屋で守られています。

入ってすぐ正面に国宝の拝殿があります。
1215年(健保3年)に創建



拝殿の後ろには、本殿が鎮座しています。
国宝に指定
1060年(康平3年)創建
木材の年輪から測定
中をのぞいてみると、3つの小さな社殿が並んでいることが分かります。
左右の社殿が大きく中央な社殿が小さい
すべて形状が違っているのも興味深いものです。

向かって右・・・菟道稚郎子命(主祭神)
中央・・・父君の応神天皇
左・・・兄君の仁徳天皇



宇治七名水の一つで唯一現存する「桐原水(きりはらすい)」
今も湧き出ている
手水として使われています。

0774-21-4634
京都府宇治市宇治山田59
9:00~16:30
京阪「宇治駅」から徒歩10分、JR「宇治駅」から徒歩20分














宇治上神社は古墳時代に第15代・応神天皇の皇子で第16代・仁徳天皇の異母兄弟である
莵道椎郎子皇子(うじのわきいらつこのみこと)の
離宮・桐原日桁宮(きりはらのひげたのみや)があった場所

             宇治上神社は起源が明確ではありません。

宇治上神社は平安時代に山城国司が第60代・醍醐天皇の勅によって社殿を造営しました

927年(延長5年)成立の「延喜式」の神名帳に
「宇治神社二座 鍬靫」と記されている

宇治神社とともに祀られている

1052年(永承7年)
関白・藤原頼通(ふじわらのよりみち)が別荘・宇治殿の寝殿を本堂に改めて
平等院を創建すると宇治神社とともに鎮守社になった

宇治上神社と宇治神社は一体の存在

宇治離宮明神(八幡宮)・離宮社などとも称され、離宮上社・本宮などとも言われた

宇治上神社は中殿に第15代・応神天皇
左殿に莵道椎郎子命(うじのわきいらつこのみこ)
右殿に第16代・仁徳天皇を祀っています。

宇治上神社は1994年(平成6年)世界遺産条約により
ユネスコ世界文化遺産(古都京都の文化財)のひとつに登録











さわらびの道(早蕨の道)は日本最大の面積と貯水量を持つ琵琶湖(びわこ)を源とする唯一の河川である一級河川・淀川(よどがわ)中流部にあたる宇治川(うじがわ)右岸(北側)にあります。ちなみに淀川は琵琶湖から流れ出ると瀬田川(せたがわ)と言われ、滋賀・洗堰(あらいぜき)下流から宇治川(うじがわ)に名前を変え、桂川(かつらがわ)・木津川(きづがわ)と合流すると淀川に名前を変えます。さわらびの道の名称は紫式部(むらさきしきぶ)作の「源氏物語(げんじものがたり)」の内、宇治十帖に数えられる「早蕨(さわらび)」ゆかりの早蕨之古蹟(さわらびのこせき)に由来しています。「早蕨」は薫(かおる)25歳の春の話で、宇治の大君(うじのおおいき)没後に宇治の中君(うじのなかのきみ)の心境や宇治の中君が匂宮(におうみや)の二条院に移り、薫の失望する様子が描かれています。「早蕨」では宇治山の阿闍梨(あじゃり)から例年通りに蕨(わらび)・土筆(つくし)が届けられたことや「早蕨」の巻名の由来になった宇治の中君が詠んだ和歌「この春は 誰にか見せむ 亡き人の形見に摘める 嶺の早蕨」も記されています。さわらびの道は1991年(平成3年)に源氏物語散策の道の整備事業として、対岸のあじろぎの道とともに整備されました。さわらびの道は宇治川右岸(北側)から末多武利神社(またふりじんじゃ)・早蕨之古蹟(さわらびのこせき) ・世界遺産である宇治上神社(うじがみじんじゃ)を経て、源氏物語ミュージアムに至る石畳の散歩道です。さわらびの道沿いにはカフェ喫茶店・土産店などもあります。ただ世界遺産である平等院(びょうどういん)が建立されている対岸ほど観光客は多くありません。



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