腰神神社の創始は大化改新(645年)の頃だそうです。
和歌山紀伊国の豪族、箕島宿彌は武士の師範として、紀見峠を超え嬉村に移り住みました。
宿彌の側室玉藻姫は大和桜井の豪族の娘
宿彌は、河洲にて文武を広めた後、功績を讃えられ腰神神社にお祀りされました。
1332年の頃
楠木正成、金胎寺山に楠公十七支城の一つを築きました。
1334年
観心寺に居た正成が、後醍醐天皇の鎌倉幕府討伐の途中、馬の千早丸の腰が立たなくなり
神社の藤の木に繋いで岩山の御神体に祈願したところ、腰が治ったと伝えられています。
この時
楠木正成より嬉村城山の守神として、一寸八分の黄金毘沙門天と
菊水の御紋を賜わったそうです
それ以来、絵馬がかけられるようになり
名もある武将も多く参拝されたそうです。
極めて由緒ある神社です。
樹齢七百年の藤
嬉の北方に小森林があり、大盤石を御神体とし、人々はこれを腰神と言います。
腰神は金胎寺山西北麓にあります。
山根の大盤石を神と清め祀られています。
腰神神社
富田林市嬉62