1月8日に羽曳野市壺井八幡宮に行きます。
その前に石清水八幡宮にお詣りしようと思い、行ってみました。
国家第2の宗廟なんだそうです。
壺井八幡宮のご祭神は
誉田別尊(応神天皇) 仲哀天皇 神功皇后
(仲哀天皇は誉田別尊のお父様、神功皇后はお母様です)
石清水八幡宮のご祭神
応神天皇 神功皇后 比咩大神
壺井八幡宮と石清水八幡宮は何か関連があって興味深いです。
源氏一門は八幡宮の崇敬が篤かったのです。
源 頼 信
源頼信(968年ー1048年)(義家の祖父)
永承元年(1046年)同天皇の山陵に任國の安穏と家門の繁栄を祈る願文を捧げており、
その古写本が石清水八幡宮に伝わっています。
「清和天皇ー陽成天皇ー元平親王ー経基ー満仲ー頼信」
一般に知られているのは、「清和天皇ー貞純親王ー経基ー満仲ー頼信」
源満仲の三男の頼信は河内国司に任ぜられて、河内国石川壺井に屋敷を構えます。
源 頼 義
1051年に始まった「前9年の役」をようやく1062年に鎮座した頼義は
翌年
鎌倉由比ケ浜に当宮のご分霊を祀り、翌年には、凱旋将軍として
河内に帰還する。
当宮の御分霊を祀り、壺井八幡宮を建立しました。
源 義 家
源義家(1038年ー1106年)
当宮で元服し「八幡太郎義家」と名乗った
1091年8月14日、義家の寝室に一羽の山鳩が飛来し、椋の実3粒を口から落として死んだ。
義家は「鳩は八幡神のお使い、定めて凶事の知らせに違いない」
翌日、石清水八幡宮に銀剣一腰、駿馬一疋を奉った
源 義 綱
源吉綱(次男)は賀茂明神で元服し「賀茂次郎義綱」と名乗る
源 義 光
源義光(三男)新羅明神で元服し「新羅三郎義光」と名乗る
羽曳野市壺井には、源氏三代の墓があります。
源頼信・頼義(子)・義家(孫)
河内源氏発祥の地・・・壺井
源頼義の墓
源義家の墓
源頼信の墓
石清水八幡宮アクセス
石清水八幡宮駅からも近いので、電車で行くのも良いですね。
ケーブルもあります。
今回は車で行きました。
「やわたのはちまんさん」
と親しまれているそうです。
初詣もたくさんのお詣りの方々が来られています。
八幡市は、木津川・宇治川・桂川が合流して淀川となる地点を
挟んで天王山と対峙する位置にあります。
一ノ鳥居から、本殿まで30分ほど、階段を登ります。
中々、体力いります。